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猪爪寅子とは?モデル三淵嘉子の父母や夫や子供と経歴は?

猪爪寅子のモデル三淵嘉子の父母や夫や子供と経歴!虎に翼虎に翼
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2024年度前期 連続テレビ小説:朝ドラ「虎に翼」の主人公:猪爪寅子(いのつめともこ)とは?

猪爪寅子は、日本初の女性弁護士で後に裁判官となった三淵嘉子のモデルです。

モデルになった三淵嘉子さんの父母や夫や子供と経歴を紹介します。

猪爪寅子とは?三淵嘉子のモデルです。

モデルになった三淵嘉子(みぶちよしこ)さんは、1914(大正3年)年シンガポール生まれ。

日本初の女性弁護士の一人、そして、日本初の女性判事及び家庭裁判所長です。

NHKの朝ドラ「虎に翼」において、猪爪寅子(いのつめともこ)役は伊藤沙莉さんが演じます。

今回は、2024年度前期 連続テレビ小説:朝ドラ「虎に翼」

主人公の猪爪寅子のモデル、
日本初の女性弁護士で後に裁判官となった三淵嘉子の父母や夫や子供と経歴を紹介します。

また、主人公の猪爪寅子さんを演じる伊藤沙莉さんも紹介いたします。

朝ドラ「虎に翼」をドラマガイドでチェック
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猪爪寅子とは?モデル三淵嘉子さんのプロフィール

猪爪寅子のモデルになった三淵嘉子(みぶちよしこ)さんは、日本初の女性弁護士の一人、

そして、日本初の女性判事及び家庭裁判所長です。

日本において、初めて法曹の世界に飛び込んだ女性です。

三淵嘉子さんのプロフィール

家裁退官時の三淵嘉子さんのイラスト

【名前】:三淵嘉子(みぶち よしこ)

【旧姓】:武藤嘉子

【生年月日】:1914(大正3年)年11月13日

【没日】:1984(昭和59年)年5月28日(69歳)

【出生地】:シンガポール

【職業】:弁護士・判事・裁判官

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猪爪寅子のモデル三淵嘉子さんの父母は?

三淵嘉子さんの父母を紹介します。

三淵嘉子さんの父親は

父親は、武藤貞雄です。

明治19年生まれで武藤家の養子として迎えられました。

父親の旧姓は宮武といいます。

香川県の丸亀中学を経て一高に進学し、最終的に東京帝国大学(現在の東京大学)を卒業しました。

彼は優れた学歴の持ち主でした。

父親のキャリアは、大学卒業後に台湾銀行シンガポール支部で働きます。

シンガポールで三淵嘉子さんは長女として生まれます。

そしてニューヨーク支部に勤務した後、

1920年に台湾銀行東京支店日本に帰国しました。

その際、一家は東京都渋谷区に住みました。

当時はもちろん、「女性は家庭に入ることが一番」という固定概念がありました。

でも父親の貞雄さんは嘉子さんに対して、

「何か専門の仕事を持ちなさい。医師や弁護士はどうかな?」

と話していたそうです。

父親の貞雄さんは、良妻賢母でなく、現代的な「職業をもった自立する女性」という考え持っていました。

そのような思想の影響を受けて、三淵嘉子さんが育ったことがうかがえます。

三淵嘉子さんの母親は武藤ノブ

母親の武藤ノブです。

母親のノブの実家は不動産業を営んでおり、裕福な家庭の出身です。

一方で、夫の貞雄とは異なり、ノブさんは「女性は結婚して家庭に入って守るべき」という当時の一般的な考え方を持ってました。

そのため、三淵嘉子さんが弁護士になることを決意し、明治大学専門部女子部法科を目指すと言った際は、ノブさんは大反対しました。

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猪爪寅子のモデル三淵嘉子さんの夫は?2回の結婚

三淵嘉子さんには二人の夫がいました。

  • 和田芳夫(わだよしお)
  • 三淵乾太郎(みぶちかんたろう)

この2人の夫について紹介します。

最初の夫:和田芳夫は戦争で亡くす

昭和16年(1941年)11月5日に、実家に書生として出入りしていた和田芳夫(明治大学卒)と結婚します。

三淵嘉子さんが28歳の時です。

1943年1月には第一子の長男:芳武(よしたけ)が誕生しました。

しかし、芳夫はその後の昭和19年(1944年)6月に徴兵されてしまいます。

終戦後、芳夫は上海から引き揚げ直後、

1946年5月23日に長崎の陸軍病院で肋膜炎の病気で亡くなりました。

再婚した夫:三淵乾太郎

昭和31年(1956年)8月、当時最高裁調査官であった三淵乾太郎と再婚しました。

三淵乾太郎は明治39年に生まれ、後に浦和地裁所長や初代最高裁長官である三淵忠彦の長男です。

前妻:祥子を病気で亡くし、1男3女の子供がいました。

昭和26年(1951年)4月には明治大学短期大学の兼任教授を務め、

昭和40年(1965年)4月から昭和47年(1972年)まで明治大学の兼任講師も務めていました。

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猪爪寅子のモデル三淵嘉子さんの子供は?

昭和18年(1943年)1月1日に和田芳夫との間に産まれたのが和田芳武です。

戦争中は母の三淵嘉子さんとともに、福島へ疎開しました。

3歳の時に、父:芳夫を病気で亡くします。

7歳の時に、三淵嘉子さんが家庭裁判所制度についてアメリカ渡航するため、

三淵嘉子さんの弟に預けられます。

和田芳武さんは残念ながら亡くなられています。

再婚した夫:三淵乾太郎の子供たち

再婚した夫:三淵乾太郎には、1男3女の子供がいました。

  • 長女:那珂
  • 次女:奈津
  • 三女:麻都
  • 長男:力
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猪爪寅子のモデル三淵嘉子さんの経歴は?

猪爪寅子のモデル三淵嘉子さんの経歴を紹介します。

1914年(大正3年)   シンガポールで生まれる

           東京女子高等師範学校附属高等女学校、明治大学専門部女子部

1935年(昭和10年)   明治大学法学部に入学

1938年(昭和13年)   高等試験司法科試験(今の司法試験)に合格、明治大学を総代で卒業

1940年(昭和15年) 日本初の女性弁護士に明治大学同窓の中田正子、久米愛と共になる

1941年(昭和16年) 和田芳夫と結婚、「和田嘉子」となる

1943年(昭和18年) 長男:芳武が誕生

1944年(昭和19年) 夫:和田芳夫が戦争に召集、法務省に裁判官の採用願を出すがなれず

1946年(昭和21年) 夫:和田芳夫が病気で亡くなる

1947年(昭和22年) 家庭局創設にともなって、初代の家庭局局付に就任

1949年(昭和24年) 東京地裁判事補となる、石渡満子と共に、初の女性裁判官に就任

1952年(昭和27年)   名古屋地方裁判所で初の女性判事となる

1956年(昭和31年)  東京地裁判事になる。「原爆裁判」を担当
判決は請求棄却とするも日本の裁判所で
初めて「原爆投下は国際法違反」と明言

1963年(昭和38年) 東京家庭裁判所判事。
  少年部で計5000人超の少年少女の審判を担当


1972年(昭和47年) 新潟家庭裁判所で初の女性家庭裁判所長となる

1979年(昭和54年) 横浜家庭裁判所の所長を最後に退官、弁護士となる

1984年(昭和59年) 5月28日午後8時15分に骨癌のため69歳で亡くなる

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三淵嘉子さんの経歴


画像引用元:楽天

三淵(旧姓武藤)嘉子は、1914(大正3)年11月13日、シンガポールに生まれました。

「嘉子」は、シンガポールの漢字表記に使用されていた「嘉」から由来しています。

父親は、ニューヨーク勤務を経て、1920(大正9)年に帰国し、一家は東京渋谷区に住みました。

嘉子は、東京府青山師範学校附属小学校から、
1932(昭和7)年3月に東京女子師範学校附属高等女学校(お茶の水女子大学付属高等学校の前身)を卒業した後、法律を勉強しようと決意しました。

当時、女性が弁護士になることはまだ一般的ではありませんでしたが、
嘉子は決意を貫きました。

彼女は、1932(昭和7)年4月に明治大学専門部女子部法科に入学し、1938(昭和13)年3月に卒業しました。

弁護士になるためには、高等試験令による司法科試験に合格し、その後1年半弁護士試補として修習を受ける必要がありました。

女性が弁護士を目指すことは、当時は大変な挑戦でしたが、嘉子はその壁を乗り越えました。

彼女は、1940(昭和15)年に弁護士として登録し、女性弁護士としてのキャリアをスタートさせました。

戦後は、女性として初めて裁判官や官僚としての道も切り拓きました。

嘉子は、男女平等の理念を追求し、女性の社会進出に尽力しました。

彼女は裁判官としてのキャリアを築き、同時に後進の指導にも力を注ぎました。彼女の活動は多岐にわたり、女性法曹の先駆者としての地位を確立しました。

1984(昭和59)年に亡くなるまで、嘉子は積極的に社会活動を続け、数多くの人々に影響を与えました。

ちなみに、彼女の希望で病名を告知するよう、息子の芳武さんにお願いをしていました。

彼女の生涯は、女性の地位向上や社会参加のための模範となっており、その偉業は今なお称賛されています。

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朝ドラ「虎に翼」物語は?

昭和4年(1929年)、日本初の女性専門の法律学校が設立されました。

そこには、当時の社会に馴染めず、不安や抑圧を感じる女性たちが集まりました。

その中には、物語の主人公である猪爪寅子(いつのめ ともこ)も含まれています。

彼女たちは、他人から「魔女部」と呼ばれるような場で法律を学び、

自分たちの道を切り拓く決意を持ちました。

昭和13年(1938年)、その学校から日本初の女性弁護士が誕生しました。

寅子もその一人であり、彼女たちは全国的に注目される存在となりました。

しかし、彼女たちが弁護士として社会に出ると、日本は戦争への道を進んでいました。

彼女たちは法律の知識で羽ばたく翼を得たのに、その活躍の場が急速に奪われていきました。

昭和20年(1945年)、焼け野原の中で立ち尽くす寅子は全てを失っていました。

生きてゆくために、ただ一つ頼りになるのは、学んだ法律だけでした。

彼女は裁判官になることを決意し、

戦争で失った親や苦境に立たされた女性や子どもたちのために、

家庭裁判所の設立に尽力しました。

昭和20年(1945年)、焼け野原の中で立ち尽くす寅子は全てを失っていました。

生きてゆくために、ただ一つ頼りになるのは、学んだ法律だけでした。

彼女は裁判官になることを決意し、

戦争で失った親や苦境に立たされた女性や子どもたちのために、

家庭裁判所の設立に尽力しました。

そして、寅子はついに裁判官になりました。

彼女とその仲間たちは、政治や経済では解決できない、

困難に立ち向かう人々の世界を理解し、

その苦境から救うために情熱を持って取り組みました。

朝ドラ「虎に翼」のあらすじは?

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朝ドラ「虎に翼」キャストと相関図は?

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主人公の猪爪寅子を演じる伊藤沙莉さんについて


画像引用元:楽天

伊藤沙莉さんは2003年に子役としてデビューし、ドラマ、映画、舞台で幅広く活躍する女優です。

個性的な演技力で多くの作品に存在感を放ち、近年は主演作も増え、その演技力はますます評価を高めています。

伊藤沙莉さん経歴

  • 2003年、ドラマ「14ヶ月~妻が子供に還っていく~」で子役デビュー。
  • 2005年、ドラマ「女王の教室」でいじめっ子の役を演じ、注目を集める。
  • 2007年、映画「兎のダンス」で主演を務める。
  • 2018年、ドラマ「獣になれない私たち」で主人公の親友役を演じ、高い評価を得る。
  • 2020年、ドラマ「これは経費で落ちません!」で主演を務め、演技力を発揮。
  • 2023年、映画「ミステリと言う勿れ」に出演。
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受賞歴

  • 2018年:第10回TAMA映画賞 最優秀新進女優賞
  • 2020年:東京ドラマアウォード2020 個人賞部門・助演女優賞
  • 2023年:第31回橋田賞・新人賞

伊藤沙莉さんの魅力:演技力

  • 子役時代から培ってきた演技力で、どんな役でも演じこなす。
  • コメディからシリアスまで幅広い演技力を持っている。
  • 独特な存在感と演技力で作品に深みを与える。

伊藤沙莉さんの魅力:個性

  • 飾らない性格で親しみやすい。
  • 明るくポジティブな性格で周りを元気づける。
  • ファッションセンスも高く、おしゃれな一面も持つ。

伊藤沙莉さんの魅力:マルチな才能

  • 演技以外にも、歌やダンス、ナレーションなどマルチな才能を持っている。
  • バラエティ番組でも活躍し、幅広い層から支持を得ている。
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猪爪寅子のモデル三淵嘉子の父母や夫や子供と経歴!虎に翼まとめ

2024年度後期NHK連続テレビ小説「虎に翼」の主人公:猪爪寅子のモデル:三淵嘉子の父母や夫や子供と経歴を紹介しました。

最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

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三淵嘉子さんに関するFAQ

三淵嘉子さんに関するFAQです。

Q: 三淵嘉子はどのような人物ですか?

A: 三淵嘉子は、日本の女性弁護士であり、法曹界での地位向上に尽力した先駆者です。

Q:三淵嘉子の主な業績は何ですか?

A: 彼女は、女性初の裁判官や官僚としての道を開拓し、女性の社会進出に貢献しました。

Q: 三淵嘉子の家族について詳しく教えてください。

A: 嘉子の父親は民主的な考えを持ち、彼女に教育やキャリアについて積極的に支援しました。

Q: 彼女の結婚生活はどうだったのですか?

A: 嘉子は和田芳夫と結婚し、戦争や経済的困難に直面しながらも、家族を支えました。

Q: 三淵嘉子の遺産は何ですか?

A: 彼女の遺産は、男女平等や社会正義の実現に向けた取り組みであり、後世に大きな影響を与えました。

朝ドラ「虎に翼」主人公:猪爪寅子とは?FAQ

朝ドラ「虎に翼」の主人公猪爪寅子のFAQです。

Q: 誰と結婚しますか?

A:書生の佐田優三と結婚します。弁護士になるためには結婚が必要だと直言にお見合いをお願いしますが、その様子をみた書生の佐田優三が寅子に結婚のお願いをします。

Q: 佐田優三との間に子供はできますか?

A:はい。女の子で「優未(ゆみ)」と名付けました。佐田優三は、優未が生まれる前に出兵してしまっため、優未に一生会えませんでした。

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本ページの情報は2024年4月時点のものです。

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